HOME お店のプロフィール スタッフ紹介 イチ押しカクテル2003 リンク


 トピックス

9月8日(土)、故澤井慶明を偲ぶ会が行われ、
国際バーテンダー協会会長デリック・リー氏の昨年の葬儀の時の弔辞(日本語訳)が紹介されました。

私が初めて澤井慶明さんに出会ったのは1987年のことでした。彼が、国際バーテンダー協会にシンガポールバーテンダー協会が加盟するのを審査するため、シンガポールにきた時のことです。私は、シンガポールバーテンダー協会の役員を引きつける、彼の持つ非凡な統率力と熱心さを、今も鮮明に覚えています。

彼は私の親友となり、国際バーテンダー協会のよき指導者でした。それ以来、一度も欠かすことなく、澤井慶明さんは、我々のカクテル・コンペティションで審査をするため、シンガポールへ来てくれました。彼は、今年も7月24日から27日まで 'エリート・バーテンダー・コース'の受講生に証書を手渡し、アジア・パシフィック・カクテル・コンペティションで審査をするため、シンガポールにいました。私は、7月27日に空港でお別れの挨拶をしました。それが、共に過ごした最後の時間でした。

1978 年、澤井慶明さんは、アンジェロ・ゾラ賞を受賞しました。この賞賛されるべき国際バーテンダー協会の賞を勝ち取った、最初の受賞者です。この賞は、国際バーテンダー協会に対し、任務を果たすだけでなく、多大な貢献をした、傑出した人間的魅力を持った人に贈られるものです。澤井さん、あなたは、後に続く我々のために模範を示してくれましたね。

1993年、国際バーテンダー協会において、長きに渡り副会長を勤められたあと、澤井慶明さんは、自身の余生を楽しむため、後部座席に座り、減速することを決められました。彼は、副会長の職を辞任し、この私を彼の後継者として推薦してくれました。辞任したとは言え、彼はとてもよく国際バーテンダー協会に関わってくれました。彼は、その後全ての総会とコンペティションに出席してくれました。

澤井さんは、国際バーテンダー協会の年次総会において、主催国の中の慈善団体のために使う国際バーテンダー協会基金に、多額のお金を寄付してくれました。多くの国々の慈善団体や孤児たちは、彼の寄付からその恩恵を得たのです。

彼は、その人生の全てをバーテンダーとして関わってきました。彼は、始めたばかりでたどたどしかった頃から、今日の業績を成し遂げるまでずっと長い道のりを歩いてきました。バーテンダーとしての友愛に対する彼の貢献は、とても一言で言い表すことが出来ません。彼は、伝説的人物であり、尊敬に値する人であり、真の紳士であり、良き夫であり父であり、また、バーテンダーにとっての聖像です。国際バーテンダー協会と、彼を知っていたり聞いていたりする全てのバーテンダーが、彼がいないのを寂しく思うでしょう。ミスターサワイは、いつも我々の心の中にいることでしょう。

故人の妻である澤井千恵様、澤井慶様と日本バーテンダー協会の皆様に、心からお悔やみと哀悼の言葉を申し上げます。どうぞ安らかにお休みください。」

原文はNBAの中日本地区のホームページにあります。→GO


<故澤井慶明が副会長を務めていた異業種交流会「五友会」の偲ぶ会において、
後任の副会長さんが挨拶された時の原稿を寄せて下さいました。>

本日は澤井さんを偲ぶ会にお集まり頂き誠にありがとうございます。
ここで、澤井さんを偲び、お話をさせていただきとうございます。

澤井さんとお見知りおきになったのも、オリオンズを知ったのも五友会の場においてでした。このような素晴らしいお店があったのかと感動し、この店の馴染みになりたい、澤井さんと挨拶を交わせるようになりたいと思い通い始めました。今では勝手に私の銀座のホームグランドと呼ばせて貰っています。この空間、内装、調度品、ゆったりしたソファー、美しいピアニストと素晴らしい音楽、美味しい料理とお酒 昨年、勤めている会社の元副社長を案内しました。ローストビーフを食べて、今までで一番美味しいローストビーフはロンドンの・・・・であったが、この方が美味しい!と言っていました。日本や世界を駆け回っていた人ですので、評価に間違いは無いと思われます。

それらを引き立てるスタッフの方々のホスピタリティ−の良さ、澤井さんはこの店のコンセプトを「ホテルのバーとレストランをひとつにしたようなゆったりとした雰囲気の中で、日本で一番美味しい料理と酒をリーズブルな値段で皆様に楽しんでもらうためにお店をつくりました。」とされています。澤井さんの思想、信条、経験、嗜好が凝縮した空間であり、お店が澤井さんそのものです。ここにいると澤井さんをいつも感じています。前回の例会でもお話ししましたが澤井さんの告別式の弔辞で世界バーテンダー協会会長から「伝説の偉大なバーテンダー」と最大限の賛辞を呈されました。それは澤井さんが、世界の、日本のバーテンダー業界発展、バーテンダーの地位と技量向上のために献身的な活動を数十年にわたってなされたためであります。世界中のバーテンダー協会関係者から尊敬を集めていました。無償の行為の積み重ねであります。昨今の経済事件の主役の行い様見ると、自分さえよければいい、自分がもうければよいと言うような人々が跋扈しています。五友会の根本思想である、安岡正篤先生の教えに「陰徳を積め」というお言葉があります。澤井さんはまさに無償の行為、陰徳を積み続けておられて、安岡学を実践して生きておられた言えるのではないでしょうか。五友会会員の鑑であります。スタッフの皆さんは力を尽くしてこのお店を守ってください。五友会の会員の皆様は機会ある毎に澤井さんに会いにオリオンズを訪れてください。私は体力の続くかぎり、カウンターの高い椅子に何とか座れ、ずり落ちないでいられるかぎり、オリオンズに通い、澤井さんに会いに来ることをお約束して偲ぶ言葉の結びとさせていただきます。ご静聴ありがとうございました。


3月3日(土)のJAZZひなまつりに参加しました。

15:00- 深澤芳美とキャロライナシャウト
16:00- 外山恵子&Jazzin' Babies
17:00- 古川奈都子 Taste of New Orleans + 高村緑

3ステージ共、満員のお客様で盛り上がりました!


「澤井慶明を偲ぶ会」(11月18日)にて


丸子和巳様より頂きました。


「献杯」………9月22日、丸子和巳様より頂きました。


「ミスターバーテンダー」澤井慶明氏死去 漫画「BARレモン・ハート」のモデル
(9月20日付「日刊ゲンダイ」)
…………………………
世界的に有名なバーテンダーで、東京・銀座「ST.SAWAI オリオンズ」のオーナー澤井慶明氏が今月13日に心筋梗塞で死去した。
享年73。きのう(19日)の告別式には国内外から故人を慕う多くの関係者が駆けつけ、別れを惜しんだ。
澤井氏は1933年生まれ。戦後は進駐軍のオフィサーズ・クラブを皮切りにバーテンダー人生をスタート。
赤坂にあったホテル・ニュージャパンで腕を磨き、35年前から「オリオンズ」のオーナーを務めていた。
受賞歴も華麗で、「国際アンジェロゾラ賞」やフランス政府の「シェバリエ勲章」に輝いた。
国際バーテンダー協会の名誉アドバイザーを務め、日本バーテンダー協会からは「ミスター・バーテンダー」の称号を与えられた。
漫画アクションの「BARレモン・ハート」のモデルともいわれ、気さくな人柄で親しまれた。合掌。